万代の始めと今日を祈りおきて
今行末は神ぞ知るらん
- 歌の意味
-
今日を万代の始まりとしてお祈り申し上げておいた。これから先の行く末は、今はもう神がご存じであろう。
- 鑑賞
-
巻第五 賀歌 263
詞書「天暦の御時、斎宮下り侍りける時の長奉送使にてまかり帰らんとて」
斎宮の伊勢への下向に長奉送使として付き従い、都へ帰ろうとする時に詠んだ歌である。今日を万代の始まりとして斎宮の行く末の長久を祈り置いたので、この先は神がお守りくださるだろうと詠み、祈りを神に託す敬虔な心と安堵とを表している。詞書によれば、村上天皇の天暦の御代に、斎宮が伊勢に下った時、長奉送使として送り届け、都へ帰ろうとした折の歌である。賀の巻の巻頭に置かれ、「万代の始め」という言葉で巻全体を祝いの心で詠み起こしている。
作者の「中納言朝忠」は藤原朝忠である。三条右大臣藤原定方の子で、中納言に至った。笙の名手としても知られ、三十六歌仙に数えられる。
初句「万代の」は、限りなく長い年月の、の意である。本巻の第二百六十六首の「千代のひつぎの始め」、第二百八十九首の「千代の始め」とともに、長い御代の始まりを言祝ぐ表現である。
二句「始めと今日を」は、今日を始まりとして、の意で、斎宮が伊勢へ下る日を、万代続く奉仕の始まりと位置づけている。
三句「祈りおきて」は、祈っておいて、の意で、「おく」は前もってしておく意を添える。ここで句切れとなる。
四句「今行末は」は、これから先のことは今はもう、の意である。
結句「神ぞ知るらん」は、神がご存じであろう、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「らん」で結ぶ。本巻の第二百九十三首の結句「神のまにまに」と、祈りを神に委ねる心を共有している。巻頭の「万代の始め」は、巻末の第三百首の「巌の果て」と、始めと果てとで呼応している。
ちやうぶそうし:斎宮が伊勢へ下る群行に付き添い、伊勢まで送り届ける勅使。長奉送使
さいぐう:伊勢神宮に奉仕した未婚の皇女または女王。斎宮
よろづよ:限りなく長い年月
- 作者
-
藤原朝忠
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
ゆき積もるおのが年をば知らずして 春をば明日と聞くぞうれしき
- 次の歌
-
ちはやぶる平野の松の枝しげみ 千代も八千代も色は変はらじ