ゆき積もるおのが年をば知らずして
春をば明日と聞くぞうれしき
- 歌の意味
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雪が積もるように、過ぎ去っては積もっていく自分の年齢も気にかけないで、春は明日だと聞くのはうれしいことだ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 262
詞書「百首歌の中に」
雪が積もるように過ぎ去っては重なっていく自分の年齢のことは忘れて、春が明日に来ると聞くとうれしいと詠む歌である。老いを嘆く思いを抱えながらも、新しい春を迎える喜びを素直に表し、冬の巻を明るく締めくくっている。詞書によれば、百首歌の中の一首である。
作者の「源重之」は、清和源氏の出で、平安時代中期の歌人である。源兼信の子で、伯父の源兼忠の養子となった。相模権守などを務め、晩年は陸奥に下ってその地で没した。冷泉天皇の東宮時代に百首歌を献じ、これは現存する最も早い百首歌の一つとされる。三十六歌仙に数えられる。
初句「ゆき積もる」は、雪の意と、年が過ぎ去る「行き」とを掛け、雪のように積もり重なる、の意となる。前歌の「我が身に積もる年月」を受けている。
二句「おのが年をば」は、自分の年齢を、の意で、「をば」は「を」を強めた形である。
三句「知らずして」は、気にもかけないで、の意である。
四句「春をば明日と」は、春は明日だと、の意である。
結句「聞くぞうれしき」は、聞くのがうれしい、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「うれしき」で結ぶ。本巻の巻頭の第二百十五首が時雨の中に照り映える紅葉で冬を詠み起こしたのに対し、巻末の本歌は明日の春を喜んで冬を閉じ、巻頭と巻末が秋の名残と春の兆しとで呼応している。
ゆき:雪の意と、年が過ぎ去る意の「行き」とを掛ける
- 作者
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源重之
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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数ふれば我が身に積もる年月を 送り迎ふと何急ぐらん
- 次の歌
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万代の始めと今日を祈りおきて 今行末は神ぞ知るらん