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青柳の緑の糸を繰り返し
いくらばかりの春を経ぬらん

歌の意味
青柳の緑の糸を繰り返し繰るように、幾度めぐり来る春を経てきたのだろうか。
鑑賞
巻第五 賀歌 278

詞書は前の歌に続き「清慎公五十の賀し侍りける時の屏風に」
 青柳の細い枝を緑の糸に見立て、糸を繰り返し繰るように、幾度の春を重ねてきたのだろうかと詠む歌である。毎年芽吹く柳に重ねてきた歳月を重ね、長寿を祝っている。詞書によれば、前歌と同じく藤原実頼の五十の賀の屏風に添えた歌である。
 作者の「もとすけ」は清原元輔である。清原深養父の孫で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わった。清少納言の父で、三十六歌仙に数えられる。

 初句「青柳の」は、芽吹いたばかりの青々とした柳の、の意である。
 二句「緑の糸を」は、柳の細い枝を緑の糸に見立てている。
 三句「繰り返し」は、糸を繰る意から、繰り返して、の意となり、「繰る」は糸の縁語である。
 四句「いくらばかりの」は、どれほど多くの、の意である。
 結句「春を経ぬらん」は、春を経てきたのだろうか、の意で、「ぬ」は完了、「らん」は推量の助動詞である。前歌の巌に続き、ここでは柳によって重ねた年月を祝っている。本巻の第二百八十六首、第二百八十七首の「千年の春」とも通じている。

あをやぎ:芽吹いたばかりの青々とした柳
くる:糸を巻き取る。繰る
作者
清原元輔
出典
拾遺和歌集
前の歌
君が世を何にたとへんさざれ石の 巌とならんほども飽かねば
次の歌
我が宿に咲ける桜の花盛り 千年見るとも飽かじとぞ思ふ