古典和歌stream

惜しむともなきものゆゑにしかすがの
渡りと聞けばただならぬかな

歌の意味
別れを惜しむほどの仲でもないのに、しかすがの渡りを越えて行くと聞くと、さすがに平静ではいられないことだ。
鑑賞
巻第六 別歌 316

詞書「大江為基東へまかり下りけるに、扇をつかはすとて」
 別れを惜しむほどの間柄でもないのに、三河の「しかすがの渡り」を行くと聞くと、さすがに平静ではいられないと詠む歌である。地名に「さすがに」の意を掛け、素っ気なさを装いながらも別れを惜しむ本心をのぞかせている。詞書によれば、大江為基が東国へ下る時に、扇を贈って添えた歌である。
 作者の「赤染衛門」は、赤染時用の娘で、大江匡衡の妻である。藤原道長の妻倫子に仕え、栄花物語正編の作者とも伝えられる。中古三十六歌仙に数えられる。

 初句「惜しむとも」は、惜しむというほどでも、の意である。本巻の第三百二十二首、第三百二十九首の初句も「惜しむ」に始まり、別れを惜しむ心が巻を通じて繰り返される。
 二句「なきものゆゑに」は、ないのに、の意で、「ものゆゑに」は逆接を表す。
 三句「しかすがの」は、三河国の歌枕のしかすがの渡りと、そうはいってもやはり、の意の「然すがに」とを掛けている。
 四句「渡りと聞けば」は、渡し場を行くと聞くと、の意である。本巻の第三百十一首と同じく扇を贈る別れの歌で、扇の歌が呼応している。
 結句「ただならぬかな」は、平静ではいられないことだ、の意で、「かな」は詠嘆である。

しかすが:三河国の歌枕のしかすがの渡りと、そうはいってもやはりの意の然すがとを掛ける
わたり:川を渡る所。渡し場
作者
赤染衛門
出典
拾遺和歌集
前の歌
行く末の命も知らぬ別れ路は 今日あふさかや限りなるらん
次の歌
もろともに行かぬ三河の八橋は 恋しとのみや思ひわたらん