行く末の命も知らぬ別れ路は
今日あふさかや限りなるらん
- 歌の意味
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行く末の命もわからない別れの道では、今日ここ逢坂で逢ったのが、最後になるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第六 別歌 315
詞書「伊勢より上り侍りけるに、忍びて物言ひ侍りける女の東へ下りけるが、逢坂にまかり逢ひて侍りけるに、つかはしける」
互いの命の行く末もわからない別れでは、今日この逢坂で逢ったことが最後になるのだろうかと詠む歌である。「逢ふ」という名の地で偶然に出会いながら、それが永の別れとなるかもしれない皮肉と悲しみを表している。詞書によれば、作者が伊勢から都へ上る途中、ひそかに通じていた女が東国へ下るところで、逢坂で行き会った時に贈った歌である。
作者の「よしのふ」は大中臣能宣である。伊勢神宮の祭主を務めた大中臣氏の出で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わった。三十六歌仙に数えられる。
初句「行く末の」は、これから先の、の意である。
二句「命も知らぬ」は、命がどうなるかもわからない、の意である。
三句「別れ路は」は、別れの道においては、の意である。
四句「今日あふさかや」は、今日逢ったという意の「逢ふ」と、地名の逢坂とを掛け、「や」は疑問の係助詞である。前歌の第三百十四首は逢坂を再会の日の名と詠んだが、ここでは同じ逢坂が最後の逢瀬になるかと案じており、望みと不安とで対をなしている。
結句「限りなるらん」は、最後なのだろうか、の意で、係助詞「や」を受けて連体形「らん」で結ぶ。本巻の第三百十二首と同じ結句である。
あふさか:近江と山城の境の逢坂の関と、逢ふの意とを掛ける
ものいふ:男女が情を通わせる
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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別れ行く今日はまどひぬあふさかは 帰り来む日の名にこそありけれ
- 次の歌
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惜しむともなきものゆゑにしかすがの 渡りと聞けばただならぬかな