別れ行く今日はまどひぬあふさかは
帰り来む日の名にこそありけれ
- 歌の意味
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別れて行く今日は思い違いをしてしまった。逢坂という名は、帰って来て再び逢う日の名であったのだ。
- 鑑賞
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巻第六 別歌 314
詞書「物へまかりける人の送り、関山までし侍るとて」
逢坂の関まで旅立つ人を送り、「逢ふ」という名にもかかわらずここで別れることになった戸惑いを詠み、逢坂とは帰って来て再び逢う日の名だったのだと気づく歌である。地名の「逢ふ」にすがって再会への望みをつないでいる。詞書によれば、旅に出る人を逢坂の関山まで見送った時の歌である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
初句「別れ行く」は、別れて行く、の意である。
二句「今日はまどひぬ」は、今日は思い違いをしてしまった、の意で、「ぬ」は完了の助動詞である。ここで句切れとなる。
三句「あふさかは」は、地名の逢坂と、再び「逢ふ」とを掛けている。次歌の第三百十五首も逢坂での別れを詠み、逢坂の歌が並んでいる。
四句「帰り来む日の」は、帰って来るであろう日の、の意である。
結句「名にこそありけれ」は、名であったのだ、の意で、「けれ」は気づきの詠嘆を表し、係助詞「こそ」を受けて已然形で結ぶ。
あふさか:近江と山城の境の逢坂の関と、逢ふの意とを掛ける
まどふ:思い迷う。思い違いをする
せきやま:関所のある山。ここでは逢坂山
- 作者
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紀貫之
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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別れ路は恋しき人のふみなれや やらでのみこそ見まくほしけれ
- 次の歌
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行く末の命も知らぬ別れ路は 今日あふさかや限りなるらん