いかばかり苦しきものぞ葛城の
久米路の橋のなかの絶え間は
- 歌の意味
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どれほど苦しいものであろうか。葛城の久米路の橋が途中で途切れているように、二人の仲が途絶えている間は。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 863
詞書は前の歌に続き「題しらず」
葛城の久米路の橋が途中で途切れているように、二人の仲が途絶えている間はどれほど苦しいものかと嘆く歌である。
久米路の橋は、役行者が葛城山の一言主神に命じて岩橋を架けさせたが、神が容貌の醜さを恥じて夜しか働かなかったため、完成しなかったと伝えられる橋である。途中で途絶えた橋として、仲の途絶えた恋のたとえに詠まれる。
ここから本巻の第八百六十五首まで、橋を詠む歌が三首続く。
初句「いかばかり」は、どれほど、の意である。
二句「苦しきものぞ」は、苦しいものであるか、の意である。ここで句切れとなり、四句と結句が倒置になっている。
三句「葛城の」は、大和国の葛城山の、の意である。
四句「久米路の橋の」は、葛城山に架けようとした伝説の岩橋の、の意である。次歌の第八百六十四首の「長柄の橋柱」、第八百六十五首の「木曽路の橋」と、橋を詠む一連をなしている。
結句「なかの絶え間は」は、途中の途切れている間は、の意で、「なか」は橋の「中」と二人の「仲」を掛けた掛詞である。次歌の第八百六十四首の結句「なかや絶えなん」と、「なか」と「絶ゆ」の組み合わせを共有している。
くめぢのはし:久米路の橋。葛城山に架けようとして完成しなかったと伝えられる岩橋
なか:橋の途中の意の「中」と、二人の間柄の意の「仲」を掛ける
たえま:絶え間。途切れている間
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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石上古りにし恋の神さびて 祟るに我はねぎぞかねつる
- 次の歌
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限りなく思ひながらの橋柱 思ひながらになかや絶えなん