新しき年は来れどもいたづらに
我が身のみこそふりまさりけれ
- 歌の意味
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新しい年はやって来るけれども、むなしく我が身ばかりが古びていくことだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1001
詞書「題しらず」
新しい年は来るのに、何をなすこともなく、むなしく我が身ばかりが年老いていくと嘆く歌である。年が改まるたびに新しくなる世と、ただ古びていくばかりの我が身とを対比している。前歌の第千首が春立つ喜びとともに老いの加わることを詠んだのを受け、新年に老いを嘆く心を重ねている。
古今和歌集の「百千鳥さへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふりゆく」とも、改まる春と古びていく我が身を対比する趣向が通じている。
初句「新しき」は、新しい、の意で、次歌の第千二首の初句「新しき」と同じ語で始まり、新年を詠む二首が並んでいる。
二句「年は来れども」は、年はやって来るけれども、の意で、「ども」は逆接の接続助詞である。
三句「いたづらに」は、むなしく、何をなすこともなく、の意である。巻末の第千八十一首の初句「いたづらに」と同じ語を共有している。
四句「我が身のみこそ」は、我が身だけが、の意で、係助詞「こそ」は結句の已然形「けれ」で結ぶ係り結びである。
結句「ふりまさりけれ」は、ますます古びていくことだ、の意で、「ふる」は年を経て古くなる意である。初句と二句の「新しき年」と、新しさと古さで対をなしている。
ふりまさる:古りまさる。ますます古びる、年老いていく
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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春立つと思ふ心はうれしくて 今ひととせの老いぞ添ひける
- 次の歌
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新しき年にはあれども鶯の 鳴く音さへには変はらざりけり