春立つと思ふ心はうれしくて
今ひととせの老いぞ添ひける
- 歌の意味
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春が来たと思う心はうれしいけれども、そのうれしさとともに、もう一年分の老いが加わったことだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1000
詞書「題しらず」
立春を迎えたうれしさの一方で、一つ年を取り、老いがまた一年分加わったことに気づいて詠む歌である。新しい年を喜ぶ心と、年を重ねる身の嘆きとを一首の中に並べ、春の訪れを素直には喜びきれない老いの感慨を表している。
本巻は雑の部の春の巻で、四季の部に入らない春の歌を集め、後半では夏の景物にも及んでいる。巻頭のこの歌は春立つ喜びとともに老いを詠み、巻末の第千八十一首も「いたづらに老いぬべらなり」と老いを嘆いており、老いの歌で巻の始めと終わりが呼応している。
作者の凡河内躬恒は、古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙に数えられる。
初句「春立つと」は、立春を迎えたと、の意で、暦の上で春になったことをいう。
二句「思ふ心は」は、思う心は、の意で、「は」は取り立てて示す係助詞である。
三句「うれしくて」は、うれしくて、の意で、上の句で喜びを述べ、下の句の嘆きへと転じている。
四句「今ひととせの」は、もう一年分の、の意で、「今」は、さらに、もう、の意を添える。
結句「老いぞ添ひける」は、老いが加わったことだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて過去の助動詞「けり」の連体形「ける」で結ぶ係り結びである。「けり」は気づきの詠嘆を表す。次歌の第千一首の結句「ふりまさりけれ」とともに、新年に我が身の老いを嘆く心を共有している。
ひととせ:一年
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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かしまなる筑摩の神のつくづくと 我が身ひとつに恋を積みつる
- 次の歌
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新しき年は来れどもいたづらに 我が身のみこそふりまさりけれ