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かしまなる筑摩の神のつくづくと
我が身ひとつに恋を積みつる

歌の意味
かしまにある筑摩の神の、その名のように、つくづくと、我が身ひとつに恋の思いを積み重ねてしまったことだ。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 999

詞書「題しらず」
 筑摩の神の名のように、つくづくと我が身ひとつに恋の思いを積み重ねてしまった、と詠む歌である。誰にも分かち合えない恋の思いを、ひとり我が身に積み重ねてきたことへの、しみじみとした嘆きを詠んでいる。
 筑摩の神は近江国の筑摩神社の神で、その祭りで女性が契った男の数だけ鍋をかぶったという伝えが伊勢物語にも詠まれている。恋を「積む」という結句とも響き合っている。
 本巻の巻末の歌である。巻頭の第九百二十五首が、涙で「世はみな海」となれと世の中全体へ思いを広げて歌い起こすのに対し、巻末は「我が身ひとつに恋を積みつる」と、思いを我が身ひとつに積み重ねて結んでいる。同じ嘆きを、世と我が身という別の尺度で詠む二首が、巻の始めと終わりで呼応している。

 初句「かしまなる」は、かしまにある、の意である。
 二句「筑摩の神の」は、筑摩の神の、の意である。上の二句は、「つくま」と同じ音を重ねて三句の「つくづく」を導く序詞である。本巻の第九百九十七首の二句「成すこそ神の」と、神を詠む点で呼応している。
 三句「つくづくと」は、しみじみと、深く思い入って、の意である。
 四句「我が身ひとつに」は、我が身ひとりに、の意である。本巻の第九百五十三首の二句「我が身ひとつの」と同じ語を共有し、また第九百八十首の結句「心ひとつに」とも通じている。巻頭の第九百二十五首の「世はみな海」と、世と我が身という尺度の違いで呼応している。
 結句「恋を積みつる」は、恋の思いを積み重ねてしまった、の意で、「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、余情を残す連体止めとなっている。

つくまのかみ:筑摩の神。近江国の筑摩神社の神
つむ:積む。積み重ねる
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
高砂に我がなく声はなりにけり 都の人は聞きやつくらん
次の歌
春立つと思ふ心はうれしくて 今ひととせの老いぞ添ひける