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花の色は飽かず見るとも鶯の
ねぐらの枝に手ななふれそも

歌の意味
花の色はいくら見ても見飽きないとしても、鶯のねぐらである枝には、手を触れないでおくれよ。
鑑賞
巻第十六 雑春歌 1009

詞書「天暦御時、台盤所の前に鶯の巣を紅梅の枝につけて立てられたりけるを見て」
 紅梅の花の色はいくら見ても見飽きないとしても、鶯のねぐらのある枝にだけは手を触れるなと詠む歌である。詞書から、村上天皇の時代に、宮中の台盤所の前に、鶯の巣を紅梅の枝につけて立ててあったのを見て詠んだ歌とわかる。花を愛でる人々に、巣に宿る鶯を思いやるよう呼びかけている。
 作者の「一条摂政」は藤原伊尹である。藤原師輔の長男で、摂政太政大臣に至った。後撰和歌集の撰進の際には和歌所の別当を務めた。

 初句「花の色は」は、紅梅の花の色は、の意で、詞書の紅梅を受けている。
 二句「飽かず見るとも」は、見飽きることなく見るとしても、の意で、「とも」は逆接の仮定を表す。
 三句「鶯の」は、鶯の、の意で、紅梅の枝の巣に宿る鶯を指す。
 四句「ねぐらの枝に」は、鳥の寝る巣のある枝に、の意である。
 結句「手ななふれそも」は、手を触れないでおくれよ、の意で、「な〜そ」の形で禁止を表し、「も」は詠嘆を添えている。

ねぐら:塒。鳥の寝る所、巣
だいばんどころ:台盤所。宮中で女房たちの詰めた所
作者
藤原伊尹
出典
拾遺和歌集
前の歌
いにし年根こじて植ゑし我が宿の 若木の梅は花咲きにけり
次の歌
折りて見るかひもあるかな梅の花 今日九重のにほひまさりて