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年ごとに春のながめはせしかども
身さへふるとも思はざりしを

歌の意味
毎年、春の長雨の頃にはもの思いにふけって眺めてはいたけれども、雨が降るばかりか、我が身まで古びていくとは思わなかったのに。
鑑賞
巻第十六 雑春歌 1057

詞書「題しらず」
 毎年春の長雨の頃にはもの思いにふけってきたが、雨が降るばかりでなく、我が身まで古びていくとは思わなかったのにと嘆く歌である。「長雨」と「眺め」、「降る」と「古る」を掛け、春ごとの物思いの間に、いつしか年老いてしまった我が身への驚きと嘆きを詠んでいる。古今和歌集の小野小町の「花の色は移りにけりな」の歌と、同じ掛詞で物思いの間の老いを詠む趣向が通じている。本巻の巻頭の第千首、第千一首の老いの嘆きとも響き合っている。

 初句「年ごとに」は、毎年、の意で、次歌の第千五十八首の初句、本巻の第千十三首の初句「年ごとに」と同じ句を共有している。
 二句「春のながめは」は、春の長雨の頃の物思いは、の意で、「ながめ」は「長雨」と、もの思いにふけってぼんやり見る意の「眺め」を掛ける掛詞である。
 三句「せしかども」は、してきたけれども、の意で、「しか」は過去の助動詞「き」の已然形、「ども」は逆接の接続助詞である。
 四句「身さへふるとも」は、我が身まで古びるとも、の意で、「ふる」は雨が「降る」と、年を経て「古る」を掛ける掛詞である。本巻の第千一首の四句と結句「我が身のみこそふりまさりけれ」と、古びていく我が身を嘆く点で通じている。
 結句「思はざりしを」は、思わなかったのに、の意で、「を」は詠嘆をこめた接続助詞である。

ながめ:「長雨」と、もの思いにふけってぼんやり見る意の「眺め」を掛ける
ふる:雨が「降る」意と、年を経て「古る」意を掛ける
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
桜花みかさの山の陰しあれば 雪と降れども濡れじとぞ思ふ
次の歌
年ごとに春はくれども池水に 生ふるぬなはは絶えずぞ有りける