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藻塩焼く煙に馴るる須磨の海人は
秋たつ霧もわかずやあるらん

歌の意味
藻塩を焼く煙を見慣れている須磨の海人は、秋になって立ちこめる霧も、煙と見分けがつかないでいるのだろうか。
鑑賞
巻第十七 雑秋歌 1096

詞書「天暦御屏風に」
 藻塩を焼く煙を見慣れた須磨の海人は、秋になって立ちこめる霧も煙と見分けられないでいるのだろうかと詠む歌である。詞書から、村上天皇の天暦の御代の屏風に添えた歌とわかる。海辺の塩焼きの煙と秋霧とを重ね、須磨の浦の秋の景を描いている。

 初句「藻塩焼く」は、海藻に海水を注いで焼き、塩を取ることをいう。
 二句「煙に馴るる」は、煙に見慣れている、の意である。
 三句「須磨の海人は」は、摂津国の歌枕である須磨の浦の漁師は、の意で、六音の字余りの句である。
 四句「秋たつ霧も」は、「たつ」が季節の「秋立つ」と、「霧立つ」を掛ける掛詞である。前歌の第千九十五首の四句「初秋霧の」と、初秋の霧を詠む点で並んでいる。
 結句「わかずやあるらん」は、見分けがつかないでいるのだろうか、の意で、「や」は疑問の係助詞で、現在推量の助動詞「らん」の連体形で結ぶ係り結びである。

もしほ:藻塩。海藻に海水を注ぎ、焼いて取る塩
たつ:季節が「立つ」意と、霧が「立つ」意を掛ける
わく:分く。区別する、見分ける
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
むつましき妹背の山と知らねばや 初秋霧の立ち隔つらん
次の歌
行く水の岸ににほへる女郎花 忍びに浪や思ひかくらん