むつましき妹背の山と知らねばや
初秋霧の立ち隔つらん
- 歌の意味
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仲むつまじい夫婦の妹背の山だとも知らないからだろうか、初秋の霧が立ちこめて二つの山を隔てているのだろう。
- 鑑賞
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巻第十七 雑秋歌 1095
詞書「題しらず」
妹山と背山が仲むつまじい夫婦の山だとも知らないで、初秋の霧が立ちこめて二つの山を隔てているのだろうかと詠む歌である。夫婦の名を持つ二つの山の間を秋霧が隔てるさまを、仲の良い男女が隔てられることになぞらえている。七夕の歌の一連の後に置かれ、隔てられる二人という主題を、秋霧の景に移して受けている。
初句「むつましき」は、仲むつまじい、の意である。
二句「妹背の山と」は、妹山と背山だと、の意で、紀伊国の歌枕である妹背の山を、夫婦の山に見立てている。
三句「知らねばや」は、知らないからだろうか、の意で、「や」は疑問の係助詞であり、結句の「らん」と呼応して係り結びとなる。
四句「初秋霧の」は、初秋の霧が、の意で、次歌の第千九十六首の四句「秋たつ霧も」と、初秋の霧を詠む点で並んでいる。本巻の第千八十九首の三句「霧晴れて」とも霧を共有している。
結句「立ち隔つらん」は、立ちこめて隔てているのだろう、の意で、「らん」は現在推量の助動詞の連体形で、三句の「や」を受けて結んでいる。
いもせのやま:妹背の山。紀伊国の歌枕で、紀の川を挟んで向かい合う妹山と背山
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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逢ひ見ずて一日も君にならはねば 七夕よりも我ぞまされる
- 次の歌
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藻塩焼く煙に馴るる須磨の海人は 秋たつ霧もわかずやあるらん