我妹子が寝くたれ髪を猿沢の
池の玉藻と見るぞ悲しき
- 歌の意味
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いとしい人の寝乱れた髪を、猿沢の池の玉藻として見るのは悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1289
詞書「猿沢の池に采女の身投げたるを見て」
いとしい人の寝乱れた髪を、猿沢の池の玉藻として見るのは悲しいと詠む歌である。詞書から、奈良の猿沢の池に采女が身を投げたのを見て詠んだ歌とわかる。帝の寵愛が絶えたことを嘆いて池に身を投げた采女の話は大和物語に見え、この歌はその折に人麻呂が詠んだものとして伝えられている。かつて帝に愛された采女の寝乱れた髪が、池の藻のように水に漂う姿を詠み、その哀れさを伝えている。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。持統天皇、文武天皇の時代に仕えた宮廷歌人で、歌聖と称される。三十六歌仙に数えられる。
大和物語の第百五十段に、采女の入水を悼む歌として見える。
初句「我妹子が」は、いとしい人が、の意で、身を投げた采女をいう。
二句「寝くたれ髪を」は、寝乱れた髪を、の意で、帝に愛された頃の采女の姿を思わせる。
三句「猿沢の」は、奈良の興福寺の南にある猿沢の池の、の意である。
四句「池の玉藻と」は、池の美しい藻として、の意で、水に漂う髪を玉藻に見立てている。
結句「見るぞ悲しき」は、見るのが悲しい、の意で、係助詞「ぞ」を受けて形容詞の連体形「悲しき」で結ぶ係り結びである。
ねくたれがみ:寝くたれ髪。寝乱れた髪
たまも:玉藻。藻の美称
うねめ:采女。宮中で天皇の食事などに奉仕した女官
わぎもこ:我妹子。男が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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君なくて立つ朝霧は麻衣 池さへきるぞ悲しかりける
- 次の歌
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心にもあらぬ憂き世にすみぞめの 衣の袖の濡れぬ日ぞなき