- 歌の意味
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霞が一面にたなびく春の海路を見渡すと、緑の海原を分けて沖の白波が立っている。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 8
詞書「右大臣に侍りける時、家に歌合し侍りけるに、霞の歌とてよみ侍りける」
作者が右大臣であったころ、自邸で催した歌合で「霞」を題として詠んだ歌である。霞が一面に広がる春の海を見渡すと、霞の下にのぞく緑の海面を分けるように、沖の白波が立っている、という大きな景色を詠む。霞のかかったおぼろな海に、緑と白の色を鮮やかに浮かび上がらせている。
作者の「摂政前右大臣」は九条兼実である。関白藤原忠通の子で、右大臣を経て文治二年(1186)に摂政となった。九条家の祖で、日記玉葉を残したことでも知られる。
初句「霞敷く」は、霞が一面に広がって敷きつめたようであることをいう。
二句「春の潮路を」の「潮路」は、潮の流れる海上の道、海路をいう。
三句「見渡せば」は、見渡すと、の意である。第一首の「見渡せば」が野の霞を見たのに対し、本歌は海の霞を見渡しており、野と海の対をなす。
四句「緑を分くる」は、霞の下に見える緑の海面を白波が分けていくさまをいう。「分くる」は連体形で結句にかかる。
結句「沖つ白波」の「つ」は「の」の意の古い格助詞で、沖の白波の意である。体言止めとし、緑の海と白い波の色の対比を印象づける。
しほぢ:潮の流れる海上の道、海路
- 作者
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九条兼実
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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煙かと室の八島を見しほどに やがても空の霞みぬるかな
- 次の歌
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我妹子が袖ふる山も春来てぞ 霞の衣たちわたりける