うらやまし雪の下草かき分けて
誰をとふひの若菜なるらむ
- 歌の意味
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うらやましいことだ。雪の下の草をかき分けて摘んだのは、いったい誰を訪ねる日のための若菜なのだろうか。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 13
詞書「家に侍りける女房のもとに、正月七日前中宮の女房、若菜をつかはしたりけるを聞きて、よみてつかはしける」
正月七日、作者の家にいた女房のもとへ、前中宮に仕える女房から若菜が贈られたと聞いて詠み贈った歌である。正月七日には若菜を食べて長寿を願う習わしがあった。雪の下の草をかき分けてまで摘んだ若菜を贈られるとは、いったい誰を訪ねる日のための若菜なのだろうか、とその親しさをうらやんでいる。
作者の「治部卿通俊」は藤原通俊である。大宰大弐藤原経平の子で、権中納言に至り、治部卿を兼ねた。白河天皇の命により後拾遺和歌集を撰んだ。
初句「うらやまし」は、うらやましい、の意の形容詞の終止形で、初句切れとなる。贈られた若菜に向けた率直な感情を最初に置いている。
二句「雪の下草」は、雪の下に萌え出た草で、ここでは若菜を指す。
三句「かき分けて」は、雪をかき分けて若菜を摘む苦労を表し、それだけ相手を大切に思う心を示す。
四句「誰をとふひの」の「とふひ」は、「訪ふ日」と春日野の「飛火野」との掛詞である。飛火野は若菜摘みの名所で、次歌の第十四首は同じ春日野の若菜を詠む。
結句「若菜なるらむ」の「らむ」は現在推量の助動詞で、四句の疑問の語「誰」と呼応し、誰を訪ねるための若菜なのだろうか、と問いかける。
とふひ:「訪ふ日」と春日野の「飛火野」を掛ける
わかな:春の初めに摘む食用の若草
したくさ:物の下や陰に生える草
- 作者
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藤原通俊
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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常磐なる松もや春を知りぬらむ 初子を祝ふ人に引かれて
- 次の歌
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春日野の雪を若菜に摘み添へて 今日さへ袖のしをれぬるかな