いづかたに花咲きぬらむと思ふより
四方の山辺に散る心かな
- 歌の意味
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どちらの方角で花が咲いたのだろうかと思うや否や、四方の山辺へと散り散りに乱れ飛んでいく私の心であることだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 42
詞書は前の歌に続き「百首歌召しける時、春の歌とてよませ給うける」
崇徳院が百首歌を召した際に、「春」を題として詠まれた歌である。どの方角の山で花が咲いたのだろうかと思ったとたん、心は四方の山辺へと散り散りに飛んでいってしまうと詠む。花を思う心が一か所に定まらず、あちこちの山へ乱れ飛ぶさまを、花の「散る」に重ねて表している。
作者の「待賢門院堀川」は神祇伯源顕仲の娘である。鳥羽天皇の中宮待賢門院藤原璋子に仕えた女房で、院政期を代表する女流歌人の一人である。妹に上西門院兵衛がいる。
初句「いづかたに」は、どちらの方角に、の意である。
二句「花咲きぬらむと」は八音の字余りである。「ぬ」は完了、「らむ」は現在推量の助動詞で、咲いたのだろうか、と推し量る。
三句「思ふより」の「より」は、思うやいなや、の意を表す。
四句「四方の山辺に」は、四方の山のあたりに、の意である。本巻の第六十四首も「四方の山辺にあくがれて」と同じ句を用い、花を求めてさまよう心を詠む。
結句「散る心かな」の「散る」は、心が乱れて散り散りになる意に、花の散る意を響かせた縁語的な表現である。「かな」は詠嘆である。
やまべ:山のあたり
- 作者
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待賢門院堀河
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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朝夕に花待つころは思ひ寝の 夢のうちにぞ咲きはじめける
- 次の歌
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山桜尋ぬと聞くに誘はれぬ 老いの心のあくがるるかな