山桜尋ぬと聞くに誘はれぬ
老いの心のあくがるるかな
- 歌の意味
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山桜をお尋ねになると聞いたのに、お誘いいただけなかった老いの身の心が、それでも花を慕ってさまよい出てしまうことだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 43
詞書「白河院花御覧じにおはしましけるに、召しなかりければ、よみて奉り侍りける」
白河院が花見にお出かけになったが、作者にはお召しがなかったので、詠んで院に奉った歌である。院が山桜を尋ねに出かけると聞いたのに、自分はお誘いにあずからなかった。それでも老いた身の心は花を慕ってさまよい出てしまう、と詠む。召されなかった寂しさを、花への思いに託して院に訴えている。
作者の「京極前太政大臣」は藤原師実である。関白藤原頼通の子で、摂政、関白、太政大臣を歴任した。京極に邸を構え、京極殿と呼ばれた。
初句「山桜」は、院が花見に尋ねてゆく山の桜をいう。
二句「尋ぬと聞くに」は、院が山桜を尋ねてお出かけになると聞いたのに、の意である。
三句「誘はれぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、誘われなかった、の意となり、四句の「老いの心」にかかる。
四句「老いの心の」は、年老いた作者自身の心をいう。
結句「あくがるるかな」の「あくがる」は、心が身から離れてさまよい出る意である。本巻の第二十二首、第二十六首に続き、花や香に誘われて心がさまよう姿が詠まれている。
あくがる:心が身から離れてさまよい出る
- 作者
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藤原師実
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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いづかたに花咲きぬらむと思ふより 四方の山辺に散る心かな
- 次の歌
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影清き花の鏡と見ゆるかな のどかに澄める白川の水