咲き匂ふ花のあたりは春ながら
絶えせぬ宿のみゆきとぞ見る
- 歌の意味
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咲き誇る花のあたりは、春でありながら、この家に絶えることのない御幸であり、また消えることのない深雪であるかと見える。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 52
詞書は前の歌に続き「京極の家にて十種供養し侍りける時、白河院御幸せさせ給ひて、またの日歌奉らせ給ひけるによみ侍りける」
前歌と同じ折に詠んだ歌である。咲き誇る桜のあたりは、春であるのに白く雪が降り積もったようで、それはこの家に絶えることなく続く院の御幸のしるしであり、また消えることのない深い雪であるかと見える、と詠む。「みゆき」に御幸と深雪とを掛け、桜を雪に見立てつつ、院の御幸が今後も絶えず続くことを祝っている。
作者の「右衛門督基忠」は藤原基忠である。平安後期の公卿で、右衛門督を務めた。
初句「咲き匂ふ」は、美しく咲き誇る、の意である。
二句「花のあたりは」は、桜の咲くあたりは、の意である。
三句「春ながら」の「ながら」は、春でありながら、の意で、春なのに雪が見えるという意外さを示す。
四句「絶えせぬ宿の」は、絶えることのない家の、の意で、院の御幸がこの家に絶えず続くことを願う。本巻の第十八首にも「絶えせぬ」の語が見える。
結句「みゆきとぞ見る」の「みゆき」は、院の「御幸」と降り積もった「深雪」との掛詞である。「ぞ」は係助詞で、「見る」と連体形で結ぶ。
みゆき:院の「御幸」と、深く積もった雪の「深雪」を掛ける
- 作者
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藤原基忠
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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花盛り春の山辺を見渡せば 空さへ匂ふ心地こそすれ
- 次の歌
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尋ね来て手折る桜の朝露に 花のたもとの濡れぬ日ぞなき