神垣の三室の山は春来てぞ
花の白木綿かけて見えける
- 歌の意味
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神の宿る三室の山は、春が来て、桜の花がまるで白木綿を掛けたように見えることだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 58
詞書は前の歌に続き「崇徳院に百首歌奉りける時、花の歌とてよめる」
前歌に続き、崇徳院に奉った百首歌の「花」の歌である。神の宿る三室の山は、春が来ると一面の桜が咲き、まるで神に捧げる白木綿を山いっぱいに掛けたように見えると詠む。白い桜を神事の白木綿に見立て、神域の山にふさわしい清らかな春の景を描いている。
作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子の藤原清輔である。六条藤家の歌学を大成し、袋草紙や奥義抄などの歌学書を著した。
初句「神垣の」の「神垣」は神社の周りを囲う垣をいい、神の宿る「三室」を導く枕詞として用いられる。
二句「三室の山は」の「三室の山」は大和国の歌枕で、神の宿る山とされた。本巻の第二首も同じ山を詠む。
三句「春来てぞ」の「ぞ」は係助詞で、結句の「ける」と係り結びをなす。本巻の第九首にも「春来てぞ」の句があり、春の到来で山の姿が一変するさまを共有する。
四句「花の白木綿」の「白木綿」は、楮の皮の繊維から作った白い布で、神事に用いられた。白い桜の花をこれに見立てている。
結句「かけて見えける」は、白木綿を掛けたように見えることだ、の意で、「ける」は「ぞ」の結びとなる。
かみがき:神社の周りを囲う垣で、「三室」を導く枕詞として用いる
しらゆふ:楮の皮の繊維から作った白い布で、神事に用いる
- 作者
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藤原清輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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山桜霞こめたるありかをば つらきものから風ぞ知らする
- 次の歌
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夜もすがら花の匂ひを思ひやる 心や峰に旅寝しつらむ