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年経れど変はらぬ松を頼みてや
かかりそめけん池の藤波

歌の意味
年を経ても変わることのない松を頼みにして、掛かりはじめたのだろうか、池のほとりの藤の花房は。
鑑賞
巻第二 春歌下 120

詞書「百首歌奉りける時、よみ侍りける」
 崇徳院に百首歌を奉った際に詠んだ歌である。池のほとりの藤の花が松に掛かって咲いているのは、年を経ても色の変わらない松を頼みにして、掛かりはじめたからだろうか、と詠む。常緑の松に藤がまつわる景は、松の永遠と藤の繁栄とを重ね、めでたさを表す取り合わせとして好まれた。藤の一連はここで結ばれる。
 作者の「大炊御門右大臣」は藤原公能である。左大臣藤原実能の子で、右大臣に至った。大炊御門に邸があったことからこの名で呼ばれる。崇徳院の久安百首の作者の一人である。

 初句「年経れど」の「ど」は逆接の接続助詞で、年を経ても、の意である。
 二句「変はらぬ松を」は、色の変わらない常緑の松を、の意で、永遠のしるしとされる。
 三句「頼みてや」の「や」は疑問の係助詞で、四句の「けん」と係り結びをなす。
 四句「かかりそめけん」の「そめ」は〜しはじめる意、「けん」は過去推量の助動詞「けむ」の連体形で、「や」の結びとなる。掛かりはじめたのだろうか、の意で、ここで句切れとなる。
 結句「池の藤波」は体言止めで、風になびく藤の花房を波に見立てた語である。「池」と「波」とは縁語の関係にある。前の第百十八首が藤を岸に、第百十九首が雲に見立てたのに対し、本歌は池の波に見立てて藤の一連を結ぶ。

ふぢなみ:風になびく藤の花房を波に見立てた語
作者
藤原公能
出典
千載和歌集
前の歌
九重に咲けるを見れば藤の花 濃き紫の雲ぞ立ちける
次の歌
我もまた春とともにや帰らまし 明日ばかりをばここに暮らして