古典和歌stream

我もまた春とともにや帰らまし
明日ばかりをばここに暮らして

歌の意味
私もまた、春とともに帰ろうかしら。明日一日だけは、ここで過ごしてから。
鑑賞
巻第二 春歌下 121

詞書「弥生の晦日頃、白川殿に御方違への行幸ありける夜、春残二日といへる心を上の男ども仕うまつりけるついでに、よませ給うける」
 三月の末ごろ、方違えのために二条天皇が白川殿へ行幸した夜、「春残二日(春残り二日)」という題で殿上人たちが歌を詠んだ折に、天皇みずから詠んだ歌である。春は残すところあと二日、私もまた春とともに帰ろうかしら、明日一日だけはここ白川殿で過ごしてから、と詠む。春が帰ってゆく日と自らが宮中へ帰る日とを重ね合わせ、去りゆく春を惜しむ心を、行幸先にとどまりたい思いとして表している。ここから暮春の歌が並ぶ。
 作者の「二条院御製」は二条天皇である。後白河天皇の第一皇子で、父の譲位を受けて即位したが、在位のまま病にかかり、譲位ののち若くして没した。
 本歌から巻末の第百三十五首までは、春の終わりを惜しむ暮春、三月尽の歌の一連である。

 初句「我もまた」の「また」は、春が帰るのと同じく私もまた、の意で、春と自分とを並べる。
 二句「春とともにや」の「や」は疑問の係助詞で、三句の「まし」と係り結びをなす。
 三句「帰らまし」の「まし」はためらいを含む意志を表し、帰ろうかしら、の意となる。行幸から宮中へ帰ることと、春が去ってゆくことを重ねる。ここで句切れとなる。次歌の第百二十二首「帰るなり」、本巻の第百二十六首「帰らましやは」も、春の「帰る」を詠む。
 四句「明日ばかりをば」の「ばかり」は限定の副助詞で、明日だけは、の意である。詞書の「春残二日」を受け、残る二日のうち明日をいう。
 結句「ここに暮らして」は、ここで日を暮らして、の意である。三句と倒置の関係にあり、帰る前に明日一日を白川殿で過ごしたい心を示す。

かたたがへ:外出の際、凶とされる方角を避けて、いったん別の方角へ行き、そこから目的地へ向かうこと
やよひ:陰暦三月
つごもり:月の末日、月末
作者
二条院
出典
千載和歌集
前の歌
年経れど変はらぬ松を頼みてや かかりそめけん池の藤波
次の歌
花は根に鳥は古巣に帰るなり 春のとまりを知る人ぞなき