- 歌の意味
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こちらから尋ねてでも聞くべきだったのに。時鳥の、期待だけを抱かせる夜更けのただ一声よ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 155
詞書「崇徳院に百首歌奉りける時、よめる」
崇徳院に百首歌を奉った際の一首である。夜更けに時鳥がただ一声だけ鳴いて、もっと聞けるかと期待させたまま鳴きやんでしまった、こんなことなら自分から山へ尋ねてでも聞くべきだったのに、と詠む。期待を持たせて裏切る一声を「人頼め」と恨む言い方に、時鳥への執着がにじむ。
作者の「前参議教長」は藤原教長である。大納言藤原忠教の子で、参議に至った。保元の乱で崇徳院方に加わって常陸に流された。能書家としても知られ、崇徳院の久安百首の作者の一人である。
初句「尋ねても」は、こちらから尋ねて行ってでも、の意である。
二句「聞くべきものを」の「べき」は当然、「ものを」は逆接で詠嘆を含み、聞くべきだったのに、の意となる。ここで句切れとなる。
三句「時鳥」は、結句の「一声」の主を示す。
四句「人頼めなる」の「人頼め」は、人にあてにさせること、期待だけを抱かせることをいう。
結句「夜半の一声」は体言止めで、夜更けにただ一度だけ聞こえた時鳥の声をいう。本巻の第百五十九首「一声は」、第百六十四首「一声に」も、時鳥の一声を詠む。
ひとだのめ:人にあてにさせること、むなしく期待させること
よは:夜中、夜更け
- 作者
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藤原教長
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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待たで聞く人に問はばや時鳥 さても初音やうれしかるらん
- 次の歌
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思ひやる心も尽きぬ時鳥 雲の幾重のほかに鳴くらん