夕されば小野の浅茅生玉散りて
心くだくる風の音かな
- 歌の意味
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夕方になると、野の浅茅の生えた所に露の玉が散って、心が砕けるように思われる風の音であることよ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 272
詞書「秋の歌とてよみ侍りける」
「秋」を題として詠んだ歌である。夕方になると、野の浅茅に置いた露の玉が風に散り、その風の音を聞くと、玉が砕け散るように心も砕けてしまう、と詠む。散る露の玉と砕ける心とを重ね、秋の夕べの風の音がもたらす深い悲しみを表している。
作者の「摂政前右大臣」は九条兼実である。関白藤原忠通の子で、右大臣を経て摂政に至った。千載和歌集の成立当時の摂政であり、日記「玉葉」を残した。
本歌と次歌の第二百七十三首は、ともに「秋の歌」として詠まれた歌である。
初句「夕されば」は、夕方になると、の意である。本巻の第二百五十五首、第二百五十九首も同じ初句で、秋の夕べを詠む。
二句「小野の浅茅生」の「小野」は野の意で「を」は接頭語、「浅茅生」は丈の低い茅萱が生えている所をいう。本巻の第二百二十七首「浅茅生の」と同じ語を詠む。
三句「玉散りて」の「玉」は露の玉をいう。本巻の第二百六十五首が露を竜田姫の玉に見立てたのと同じく、露を玉と見る。
四句「心くだくる」の「くだく」は心が砕ける、思い乱れる意で、三句の「玉散りて」と縁語の関係にある。
結句「風の音かな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。露を散らし心を砕く原因として、風の音を最後に示す。
たま:ここでは露の玉
くだく:心が砕ける、思い乱れる
- 作者
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九条兼実
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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今はしもほに出でぬらむ東路の 岩田の小野の篠の小薄
- 次の歌
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常磐なる青葉の山も秋来れば 色こそ変へね寂しかりけり