夕暮れは小野の萩原吹く風に
寂しくもあるか鹿の鳴くなる
- 歌の意味
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夕暮れには、小野の萩原を吹く風に乗って、なんと寂しいことか、鹿の鳴く声が聞こえてくる。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 306
詞書「承暦二年内裏歌合によめる」
承暦二年(1078)に白河天皇の内裏で催された歌合で詠んだ歌である。夕暮れ時、小野の萩原を吹き渡る風に乗って鹿の鳴く声が聞こえてくる、なんと寂しいことか、と詠む。萩は鹿の妻ともされる花で、萩原と鹿とを取り合わせ、秋の夕暮れの寂しさを風と鹿の声によって表している。
作者の「藤原正家朝臣」は藤原家経の子である。文章博士、式部大輔などを務めた学者で、漢詩文にも和歌にも通じた。
前歌の第三百五首と「寂しくもある」という語を共有し、本歌から第三百二十五首まで鹿の歌が続く。
なお本文の初句は「夕くれは」とあり、読み仮名の行の「ゆふされは」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「夕暮れは」は、時を示す。鹿の声と夕暮れの結びつきは、本巻の第三百十七首第三百二十一首などでもくり返される。
二句「小野の萩原」の「小野」は野の美称とも地名ともとれる。「萩原」は萩が一面に生えた野原で、萩は鹿と取り合わされる花である。
三句「吹く風に」は、萩原を吹く風に乗って、の意で、鹿の声を運ぶものを示す。
四句「寂しくもあるか」の「か」は詠嘆の終助詞で、なんと寂しいことか、の意である。ここで句切れとなり、前歌の第三百五首の四句「寂しくもある」と同じ言い回しを受ける。
結句「鹿の鳴くなる」の「なる」は音や声によって判断する推定の助動詞「なり」の連体形で、鹿の鳴く声が聞こえる、の意である。
をの:野の美称、または地名の小野
はぎはら:萩が一面に生えている野原
- 作者
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藤原正家
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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露寒み末枯れもてく秋の野に 寂しくもある風の音かな
- 次の歌
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三室山おろす嵐の寂しきに 妻呼ぶ鹿の声たぐふなり