露寒み末枯れもてく秋の野に
寂しくもある風の音かな
- 歌の意味
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露が冷たいので、草葉の先から次第に枯れてゆく秋の野に、寂しくも吹く風の音であることよ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 305
詞書「法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時の家の歌合に、野風といへる心をよめる」
法性寺入道前太政大臣藤原忠通が内大臣であった頃、その邸で催された歌合で「野風」の題を詠んだ歌である。露が冷たくなったために草の葉先から次第に枯れてゆく秋の野に、寂しく吹く風の音が聞こえる、と詠む。目に見える野の枯れと耳に聞こえる風の音とを重ね、深まる秋の野の寂しさを描いている。
作者の「藤原時昌」は、藤原忠通の家の歌合に出詠した院政期の歌人であるが、詳しい伝は明らかでない。
次歌の第三百六首も「寂しくもあるか」と同じ語を用いており、野の風の寂しさを詠む本歌から、萩原を吹く風に鹿の声を聞く次歌へと続く。
初句「露寒み」の「み」は、〜ので、と原因を表す接尾語で、露が冷たいので、の意である。
二句「末枯れもてく」の「末枯る」は草木の葉の先が枯れることをいう。「もてく」は「もて行く」がつまった形で、次第に〜してゆく、の意である。
三句「秋の野に」は、風の吹く場所を示す。
四句「寂しくもある」は、寂しくもあることだ、の意である。次歌の第三百六首の四句「寂しくもあるか」と同じ言い回しを共有する。
結句「風の音かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、題の「野風」を最後に音として示して結ぶ。
うらがる:草木の葉の先の方から枯れる
もてく:「もて行く」がつまった形で、次第に〜してゆく
- 作者
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藤原時昌
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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秋の夜は松を払はぬ風だにも 悲しきことの音を立てずやは
- 次の歌
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夕暮れは小野の萩原吹く風に 寂しくもあるか鹿の鳴くなる