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あはれなる野島が崎の庵かな
露置く袖に波もかけけり

歌の意味
しみじみと心にしみる野島が崎の仮の庵であることよ。露の置いた袖に、波までも打ちかかったことだ。
鑑賞
巻第八 羈旅歌 531

詞書は前の歌に続き「家に百首歌よませ侍りける時、旅の歌とてよみ侍りける」
 九条兼実の家の百首歌で旅の題を詠んだ歌である。しみじみと心にしみる野島が崎の仮の庵であることよ、露の置いた袖に波までも打ちかかった、と詠む。涙の露に濡れた袖に、さらに海辺の波までかかるという、二重に袖を濡らす海辺の旅寝のわびしさを表している。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。権中納言藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫を務め、後白河院の院宣を受けて本集を撰んだ。藤原定家の父であり、小倉百人一首にも歌が採られている。
 兼実の家の百首歌の旅の歌三首の結びである。

 初句「あはれなる」は、しみじみと心にしみる、の意である。
 二句「野島が崎の」の「野島が崎」は淡路国の歌枕で、万葉集以来詠まれてきた。
 三句「庵かな」の「庵」は旅の仮の宿り、「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。
 四句「露置く袖に」の「露」は野の露と涙とを重ねる。
 結句「波もかけけり」の「も」は、露に加えて波までも、の意、「けり」は詠嘆の助動詞である。本巻の第五百三十六首は「袖の波はかけけれ」と詠み、波が袖にかかる趣向を共有している。次歌の第五百三十二首は「波かけずとて濡れぬ袖かは」と詠み、波がかかる本歌に対し、波がかからなくても袖は濡れると返すように配されている。

のじまがさき:淡路国の歌枕
いほり:仮の宿り、粗末な小屋
作者
藤原俊成
出典
千載和歌集
前の歌
わたの原潮路遥かに見渡せば 雲と波とは一つなりけり
次の歌
よしさらば磯の苫屋に旅寝せん 波かけずとて濡れぬ袖かは