桜花見るにも悲しなかなかに
今年の春は咲かずぞあらまし
- 歌の意味
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桜の花は、見るにつけても悲しい。いっそのこと、今年の春は咲かないでいてくれたらよかったのに。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 552
詞書「一条院隠れさせ給うての又の年、かの院の花を見てよめる」
一条院が崩御した翌年、その院の御所の桜を見て詠んだ歌である。桜の花は見るにつけても悲しい、いっそ今年の春は咲かないでいてくれればよかった、と詠む。美しく咲く花がかえって亡き院の不在を思い知らせるので、咲かないほうがましだったという、逆説的な表現で悲しみの深さを示している。一条院は寛弘八年(1011)に崩御した。
作者の「源道済」は源方国の子である。筑前守などを務めた受領で、漢詩にも優れた。中古三十六歌仙の一人である。
古今和歌集の上野岑雄の歌に、深草の野辺の桜に心があるなら今年だけは墨染の色に咲け、と亡き人を悼んで桜に呼びかけるものがあり、本歌も同じく死者を悼んで桜に向かう趣向である。
初句「桜花」は、亡き一条院の御所に咲く桜をいう。巻頭の第五百四十五首は散った花がまた咲いたことを嘆き、本歌は咲かないでいてほしかったと詠む。
二句「見るにも悲し」は、見るにつけても悲しい、の意で、ここで句切れとなる。
三句「なかなかに」は、かえって、いっそのこと、の意である。
四句「今年の春は」は、院の崩御の翌年の春をいう。
結句「咲かずぞあらまし」の「ぞ」は強意の係助詞で、反実仮想の助動詞「まし」の連体形と結ぶ。咲かないでいればよかったのに、の意である。
かくる:貴人が亡くなる
- 作者
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源道済
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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現とも夢ともえこそ分きはてね いづれの時をいづれとかせん
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後れじと思へど死なぬ我が身かな ひとりや知らぬ道を行くらん