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後れじと思へど死なぬ我が身かな
ひとりや知らぬ道を行くらん

歌の意味
後に残されまいと思うけれど、死ぬこともできない我が身であることだ。あの人は、たったひとりで知らない死出の道を行っているのだろうか。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 553

詞書「親しかりける人の身まかりにけるによめる」
 親しかった人が亡くなった時に詠んだ歌である。後に残されまいと思うけれど死ぬこともできない我が身だ、あの人はひとりで知らない道を行っているのだろうか、と詠む。後を追いたいと願っても思うにまかせない自分のふがいなさと、冥途の道をひとりで行く亡き人への思いやりとを重ねている。
 作者の「道命法師」は右大将藤原道綱の子である。天台宗の僧で天王寺の別当を務め、読経の美声で知られた。中古三十六歌仙の一人である。

 初句「後れじと」の「じ」は打消しの意志の助動詞で、先立たれて後に残されまい、の意である。本巻の第五百九十八首は「後れても又悲しかりけり」と、残される悲しみを詠む。
 二句「思へど死なぬ」の「ど」は逆接の接続助詞、「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形で、思うけれど死なない、の意である。
 三句「我が身かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。
 四句「ひとりや」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と連体形で結ぶ。
 結句「知らぬ道を行くらん」の「知らぬ道」は、まだ誰も知らない死出の道をいう。「らん」は現在推量の助動詞で、今ごろ行っているのだろうか、の意である。

おくる:死に後れる、先立たれる
みまかる:死ぬ、亡くなる
作者
道命
出典
千載和歌集
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桜花見るにも悲しなかなかに 今年の春は咲かずぞあらまし
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老いらくの命のあまり長くして 君に二たび別れぬるかな