いつとなきをぐらの山の陰を見て
暮れぬと人の急ぐなるかな
- 歌の意味
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いつということなく小暗い小倉の山の陰を見て、もう日が暮れたと、人は帰りを急いでいるようだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1645
詞書「法輪寺に住み侍りけるに、人の詣で来て、暮れぬとて急ぎ侍りければ」
嵯峨の山を詠む一連の一首目である。いつも小暗い小倉山の陰を見て、日が暮れたと人は帰りを急ぐようだと詠む。詞書によれば、法輪寺に住んでいた頃、参詣に来た人が日が暮れたといって帰りを急いだので詠んだ歌である。
作者の「道命法師」は、藤原道綱の子で、天王寺の別当を務めた。読経の声のすぐれた僧として知られ、中古三十六歌仙の一人である。
法輪寺は山城国の嵯峨、大堰川のほとりにある寺である。小倉山は大堰川をはさんでその北に向かい合う山で、紅葉の名所として知られる。
初句「いつとなき」は、いつということもない、の意で、昼も夜も変わりなく、の意となる。
二句「をぐらの山の」の「をぐら」には、「小暗し」の意と、地名の「小倉山」が掛けられている。
三句「陰を見て」は、山の陰を見て、の意である。山陰の暗さを日暮れと見誤ることをいう。
四句「暮れぬと人の」は、日が暮れたと人が、の意である。
結句「急ぐなるかな」は、急いでいるようだ、の意である。「なる」は推定の「なり」の連体形で、「かな」の詠嘆で結ぶ。山の名の暗さに寄せて、客の早い帰りを惜しむ気持ちを軽やかに詠む。
をぐら:小暗い意と、地名の小倉山を掛ける
まうでく:寺社に参って来る
- 作者
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道命
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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かざし折る三輪の繁山かき分けて あはれとぞ思ふ杉立てる門
- 次の歌
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嵯峨の山千代の古道跡とめて また露分くるもちづきの駒