- 歌の意味
-
亡き女院を思う志を深く染めこんだ喪服の藤衣であるのに、それを着ていた日数の、なんと浅く短いことだ。
- 鑑賞
-
巻第九 哀傷歌 583
詞書「美福門院の御服にて侍りけるを、宣旨にて脱ぎ侍るとてよめる」
美福門院の喪に服していたが、宣旨によって喪服を脱ぐことになった時に詠んだ歌である。志を深く染めた藤衣なのに、着ていた日数の浅いことだ、と詠む。女院を悼む心は深いのに、朝廷の命によって短い日数で喪服を脱がなければならない心残りを、「深く」と「浅く」の対比によって表している。美福門院は鳥羽天皇の皇后で近衛天皇の母であり、永暦元年(1160)に没した。
作者の「久我内のおほいまうちきみ」は源雅通である。権大納言源顕通の子で、内大臣に至り、久我内大臣と呼ばれた。
初句「志」は、亡き女院を思う誠意をいう。
二句「深く染めてし」の「て」は完了の助動詞「つ」の連用形、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、深く染めた、の意である。四句の日数の「浅く」と対比させる。
三句「藤衣」は喪服である。本巻の第五百四十八首、第五百九十二首にも藤衣が詠まれる。
四句「着つる日数の」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、着ていた日数の、の意である。
結句「浅くもあるかな」の「浅く」は、染め色の浅さと日数の短さとを重ねる。「かな」は詠嘆の終助詞で、浅いことだ、の意である。
ぶく:喪服、また喪に服すること
せんじ:天皇の命令を伝える文書
ふぢごろも:藤などの繊維で織った粗末な衣で、喪服
こころざし:相手を思う気持ち、誠意
- 作者
-
源雅通
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
常よりも睦ましきかな郭公 死出の山路の友と思へば
- 次の歌
-
類なく憂きこと見えし宿なれど そも別るるは悲しかりけり