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常よりも睦ましきかな郭公
死出の山路の友と思へば

歌の意味
いつもよりも親しく思われることだ、ほととぎすよ。お前を、死出の山路を越えてゆく旅の友と思うので。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 582

詞書「煩はせ給ひける時、鳥羽殿にて、郭公の鳴きけるを聞かせ給うて、よませ給うける」
 鳥羽院が病にかかっていた時、鳥羽殿でほととぎすの鳴くのをお聞きになって詠んだ歌である。いつもより親しく思われることだ、ほととぎすよ、死出の山路の友と思うので、と詠む。ほととぎすは冥途の死出の山を越えて鳴く鳥とされたので、死を予感する院は、その声に自らのこれからの旅路の道連れを見ている。死を前にした寂しさの中にも、静かに受け入れようとする心がうかがえる。
 作者の「鳥羽院御製」は、堀河天皇の皇子で第七十四代の天皇であった鳥羽院の詠んだ歌を示す。崇徳、近衛、後白河の三代にわたって院政を行い、保元元年(1156)に崩御した。
 本巻の第五百五十五首は、ほととぎすに亡き子への伝言を託し、本歌は、ほととぎすを死出の旅の友とする。本巻の第五百八十八首にも、ほととぎすが詠まれる。

 初句「常よりも」は、いつもよりも、の意である。本巻の第五百六十六首も同じ「常よりも」で始まる。
 二句「睦ましきかな」の「睦まし」は親しい意、「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。
 三句「郭公」は呼びかけである。ほととぎすは冥途の死出の山を越えて鳴く鳥とされた。本巻の第五百五十五首、第五百八十八首にも詠まれる。
 四句「死出の山路の」の「死出の山」は、人が死後に越えるという冥途の険しい山である。
 結句「友と思へば」の「思へ」は已然形で、「ば」が付いて確定条件となり、友と思うので、の意である。上の句の理由を後から示す倒置である。

してのやま:人が死後に越えるという冥途の険しい山
ほととぎす:初夏に鳴く鳥で、冥途と行き来すると考えられた
わづらふ:病気になる
作者
鳥羽院
出典
千載和歌集
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墨染の色はいづれも変はらぬを 濡れぬや君が衣なるらん
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志深く染めてし藤衣 着つる日数の浅くもあるかな