年を経て昔をしのぶ心のみ
うきにつけてもふかくさの里
- 歌の意味
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年月を経ても、昔をしのぶ心ばかりが、つらいことにつけてもいっそう深くなる、この深草の里であることよ。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 601
詞書「中納言顕長が墓所の堂、深草の里に侍りけるにまかりてよめる」
中納言藤原顕長の墓所の堂が深草の里にあり、そこへ参って詠んだ歌である。年月を経ても、昔をしのぶ心ばかりが、つらいことにつけても深くなる深草の里である、と詠む。年月が過ぎても薄れることなく、かえってつらいことがあるたびに故人をしのぶ心が深まってゆくことを、地名の深草に「深く」を掛けて表している。
作者の「法眼長真」は平安時代末期の僧で、法眼に至ったが、経歴の詳細は多く伝わらない。
深草は葬送の地として知られ、古今和歌集の上野岑雄の歌にも、亡き人を悼んで深草の野辺の桜に墨染に咲けと呼びかけるものがある。
初句「年を経て」は、年月を経て、の意である。本巻の第五百六十五首も同じ「年を経て」で始まる。
二句「昔をしのぶ」は、故人の生きていた昔をしのぶ、の意である。本巻の第五百七十四首の四句も「昔をしのぶ」である。
三句「心のみ」の「のみ」は限定の副助詞で、しのぶ心ばかりが、の意である。
四句「うきにつけても」の「うき」は、つらいこと、の意で、つらいことにつけても、の意となる。
結句「ふかくさの里」の「ふかくさ」は、山城国の地名の深草に、心が深くなる意の「深く」を掛ける掛詞である。体言止めとし、故人の眠る地の名で余情を残す。
ふかくさ:山城国の地名の深草と、心が深くなる意の「深く」を掛ける
むしよ:墓のある所、墓所
だう:仏像を安置する建物、仏堂
- 作者
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長真
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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山の端にたなびく雲や行方なく なりし煙の形見なるらん
- 次の歌
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たらちめや止まりて我を惜しままし 代はるに代はる命なりせば