たらちめや止まりて我を惜しままし
代はるに代はる命なりせば
- 歌の意味
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母がこの世にとどまって、私の死を惜しんだことだろうか。もし命が身代わりに代わることのできるものであったならば。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 602
詞書「母の身まかりにける時よめる」
母が亡くなった時に詠んだ歌である。母がこの世にとどまって私を惜しんだだろうか、もし命が身代わりに代われるものであったなら、と詠む。できることなら自分が母の身代わりとなって死に、母を生かしたかったという思いを、かなわぬ仮定によって表している。それと同時に、その時には母が自分の死を嘆くことになるという、親子の情の深さもうかがえる。
作者の「顕昭法師」は藤原顕輔の養子となった六条藤家の歌学者である。「袖中抄」などの歌学書を著し、御子左家の俊成、定家と論を戦わせた。
本巻の第五百九十八首も母との死別を詠み、先立つことと後れることのいずれも悲しいと嘆く。本歌は、母に代わって自分が先立ちたかったと詠む。
初句「たらちめや」の「たらちめ」は母の意で、「や」は疑問の係助詞で、三句の「まし」と連体形で結ぶ。
二句「止まりて我を」は、母がこの世にとどまって、私を、の意である。
三句「惜しままし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、惜しんだことだろうか、の意である。ここで句切れとなる。
四句「代はるに代はる」は、身代わりとして代わるにも代わる、の意で、同じ語を重ねて強める。
結句「命なりせば」の「せ」は過去の助動詞「き」の未然形で、「ば」が付いて、命であったならば、の仮定条件となる。三句の「まし」と呼応する反実仮想で、倒置になっている。
たらちめ:母
かはる:身代わりになる
- 作者
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顕昭
- 出典
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千載和歌集
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年を経て昔をしのぶ心のみ うきにつけてもふかくさの里
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もろともに眺め眺めて秋の月 ひとりにならむことぞ悲しき