さびしさにあはれもいとどまさりけり
ひとりぞ月は見るべかりける
- 歌の意味
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さびしさによって、しみじみとした趣もいっそうまさることだ。月はひとりで見るべきものであったのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 993
詞書「月の歌十首詠み侍りける時、詠める」
月の歌を十首詠んだ時の歌である。さびしさによってしみじみとした趣がいっそうまさる、月はひとりで見るべきものであった、と詠む。ひとりで月を見るさびしさが、かえって月の趣を深めることに気づき、月はひとりで見るものだと言い切っている。
作者の「顕昭法師」は藤原顕輔の養子である。六条藤家の歌学を受け継ぎ、『袖中抄』などの歌学書を著して、博識な歌学者として知られた。
本巻の第九百八十六首が、ひとりで感じる月の趣を人と分かち合いたいと詠んだのに対し、本歌は月はひとりで見るべきだと詠み、同じ「ひとり」の月をめぐって反対の心が示されている。
初句「さびしさに」は、さびしさによって、の意で、原因を表す。
二句「あはれもいとど」の「いとど」は、いっそう、ますます、の意である。
三句「まさりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、まさることだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「ひとりぞ月は」の「ぞ」は強意の係助詞で、結句の「ける」で結ぶ。本巻の第九百八十三首の初句「ひとりゐて」、第九百八十六首の初句「ひとりのみ」と「ひとり」を共有する。
結句「見るべかりける」の「べかり」は当然の助動詞「べし」の連用形、「ける」は詠嘆の助動詞「けり」の連体形で、見るべきものであったのだ、の意である。
あはれ:しみじみとした趣、感動
- 作者
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顕昭
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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天の原澄めるけしきはのどかにて 早くも月の西へ行くかな
- 次の歌
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今よりは更けゆくまでに月は見じ そのこととなく涙落ちけり