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もろともに眺め眺めて秋の月
ひとりにならむことぞ悲しき

歌の意味
これまで一緒に幾度も眺めてきた秋の月よ。これからは、ひとりで眺めることになるのが悲しい。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 603

詞書「同行上人西住、秋頃煩ふことありて、限りに見えければよめる」
 ともに修行の旅をした西住上人が、秋の頃に病にかかり、臨終が近いと見えたので詠んだ歌である。一緒に眺め続けてきた秋の月を、ひとりで眺めることになるのが悲しい、と詠む。長年ともに旅をし、同じ月を眺めてきた友を失おうとしている悲しみを、これから先ひとりで見る秋の月に託している。
 作者の「円位法師」は西行である。俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、二十三歳で出家し、諸国を旅して多くの歌を残した。家集に「山家集」がある。小倉百人一首にも歌が採られている。
 本歌から巻末の第六百五首までの三首は、西住の死をめぐる一連である。本巻では第五百六十九首、第五百七十六首も「もろともに」で始まる。

 初句「もろともに」は、一緒に、の意である。本巻の第五百六十九首、第五百七十六首も同じ初句で始まる。
 二句「眺め眺めて」は、同じ語を重ねて、幾度も眺めてきた年月の長さを表す。
 三句「秋の月」は、二人でともに眺めた月で、名詞で言い切って詠嘆をこめる。ここで句切れとなる。本巻の第五百六十首、第五百七十六首、第五百九十四首にも月が詠まれる。
 四句「ひとりにならむ」の「む」は推量の助動詞の連体形で、ひとりになるであろう、の意である。
 結句「ことぞ悲しき」の「ぞ」は強意の係助詞で、「悲しき」と連体形で結ぶ。本巻の第五百七十五首と同じ結句である。

どうぎやう:ともに仏道修行をする仲間
かぎり:命の終わり、臨終
ながむ:物思いにふけってぼんやり見る
作者
西行
出典
千載和歌集
前の歌
たらちめや止まりて我を惜しままし 代はるに代はる命なりせば
次の歌
乱れずと終はり聞くこそ嬉しけれ さても別れは慰まねども