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波越すと二見の松の見えつるは
梢にかかる霞なりけり

歌の意味
波が越えているように二見の松が見えたのは、実は梢にかかっている霞であったのだ。
鑑賞
春歌 13

詞書「同じ心を伊勢に二見と云ふ所にて」
 詞書の「同じ心」は前歌と同じ海辺の霞の題をいい、本文の詞書には「(海辺霞)」と注記されている。伊勢の二見の浦で詠んだ歌で、浜辺の松を白い波が越えているように見えたのは、実は松の梢にかかった霞であった、と気づく驚きを詠んでいる。
 霞を波と見間違える見立ての歌であり、海辺ならではの景の取り合わせである。前歌の塩焼きの煙と霞に続いて、海辺の霞の題をもう一つの景で詠み継いでいる。

 初句「波越すと」は、波が松を越えていると、の意で、見誤ったときの見え方を示している。
 二句「二見の松の」は、伊勢国の二見の浦の浜辺に生える松をいう。
 三句「見えつるは」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、そのように見えたのは、と受けて下の句の種明かしへとつなぐ。
 四句「梢にかかる」は、松の枝先にかかっている、の意である。
 結句「霞なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、波と見えたものの正体が霞であったと明かして結んでいる。

ふたみ:伊勢国の地名。二見の浦
こずゑ:木の枝の先
作者
西行
出典
山家集
前の歌
藻塩焼く浦のあたりは立ちのかで 煙立ち添ふ春霞かな
次の歌
春ごとに野辺の小松を引く人は いくらの千代を経べきなるらん