藻塩焼く浦のあたりは立ちのかで
煙立ち添ふ春霞かな
- 歌の意味
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藻塩を焼く浦のあたりでは、霞は立ち去ることもなく、そこへ塩焼きの煙までが立ち加わって、いっそう深くなる春霞であることよ。
- 鑑賞
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春歌 12
詞書「海辺霞とふ事を」
海辺の霞を題とする歌である。藻塩を焼く海辺では、春霞がいつまでも立ち去らずにとどまり、そこに塩焼きの煙が加わって、霞がいっそう深く見える、と詠んでいる。
海辺の生活の景である塩焼きの煙と、春の景物である霞とを重ね合わせたところに工夫がある。「立ちのく」「立ち添ふ」と「立つ」を重ね、霞と煙が一体となって立ちこめる様子を表している。
初句「藻塩焼く」は、海藻に海水を注ぎかけ、それを焼いて塩をとることをいう。海辺の暮らしを代表する景である。
二句「浦のあたりは」は、塩焼きをする入り江のあたりでは、の意である。
三句「立ちのかで」は、立ち去らないで、の意で、霞が浦にとどまり続けることをいう。
四句「煙立ち添ふ」は、塩焼きの煙が霞に立ち加わることをいう。三句の「立ち」と重ねて、霞と煙が重なり合う様子を表している。
結句「春霞かな」は、詠嘆の「かな」で、煙と一体になった春霞の深さに感じ入って結んでいる。
もしほ:海藻に海水をかけて焼き、塩をとること。またその塩
たちのく:その場から立ち去る
たちそふ:加わって立つ
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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霞まずは何をか春と思はまし まだ雪消えぬみ吉野の山
- 次の歌
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波越すと二見の松の見えつるは 梢にかかる霞なりけり