君が代は天の香具山出づる日の
照らむ限りは尽きじとぞ思ふ
- 歌の意味
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君の御代は、天の香具山に昇る日が照らす限りは、尽きることはあるまいと思う。
- 鑑賞
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巻第十 賀歌 609
詞書「祝ひの心を詠み侍りける」
祝いの心を詠んだ歌である。君の御代は、天の香具山に昇る日が照らす限り尽きることはあるまい、と詠む。神代の伝えに名高い天の香具山と、そこに昇る日を持ち出し、天地とともに永遠に続く御代を大きな景で祝っている。
作者の「大宮前太政大臣」は藤原伊通である。権大納言藤原宗通の子で、太政大臣に至り、九条大相国、大宮大相国と呼ばれた。
初句「君が代は」は、主君の御代は、の意で、祝いの歌に多い詠み出しである。本巻の第六百三十三首「君が代に」、第六百三十七首「君が代の」とも響き合う。
二句「天の香具山」は大和国の香具山で、天から降った山という伝えから「天の」を冠して呼ばれる。大和三山の一つである。
三句「出づる日の」は、昇る日が、の意である。
四句「照らむ限りは」の「む」は推量の助動詞の連体形で、照らすであろう限りは、の意である。日の照る限りという尽きることのない尺度で御代の長さを量る。
結句「尽きじとぞ思ふ」の「じ」は打消し推量の助動詞で、尽きることはあるまい、の意である。「ぞ」は強意の係助詞で、「思ふ」の連体形で結ぶ。
あまのかぐやま:大和国の香具山の美称
- 作者
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藤原伊通
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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我が友と君が御垣の呉竹は 千代に幾世の陰を添ふらん
- 次の歌
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君がため御手洗川を若水に 掬ぶや千代の始めなるらん