おぼつかなうるまの島の人なれや
我が言の葉を知らぬ顔なる
- 歌の意味
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気がかりなことだ。あなたはうるまの島の人なのだろうか。私の言葉をまるでわからないという顔をしている。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 657
詞書「うるまの島の人のここに放たれ来て、ここの人のもの言ふを聞き知らでなんあるといふころ、返り事せぬ女に遣はしける」
うるまの島の人が流れ着いて、この国の人の言葉を聞いてもわからずにいるという話が伝わっていた頃に、返事をよこさない女に贈った歌である。気がかりなことだ、あなたはうるまの島の人なのだろうか、私の言葉を知らないという顔をしている、と詠む。言葉の通じない異国の人の噂を巧みに取り入れ、いくら歌を贈っても返事をくれない女を、言葉のわからない島の人にたとえて、軽い恨みとからかいをこめている。うるまの島は新羅の東方の鬱陵島をさすとされる。
作者の「前大納言公任」は藤原公任である。関白太政大臣藤原頼忠の子で、権大納言に至った。和歌、漢詩、管弦の三つの才を兼ね、「和漢朗詠集」を撰んだ。小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第六百六十首、第六百八十五首も「言の葉」を詠み、恋の言葉をめぐる歌が見られる。
初句「おぼつかな」は形容詞「おぼつかなし」の語幹で、詠嘆を表す。気がかりなことだ、の意で、ここで句切れとなる。
二句「うるまの島の」の「うるまの島」は異国の島で、新羅の鬱陵島をさすとされる。
三句「人なれや」の「なれや」は断定の助動詞「なり」の已然形に係助詞「や」が付いたもので、人なのだろうか、の意である。
四句「我が言の葉を」の「言の葉」は言葉で、ここでは贈った歌をいう。第六百六十首の三句「言の葉も」と同じ語である。
結句「知らぬ顔なる」は、知らないという顔をしている、の意で、三句の「や」を受けて連体形で結ぶ。言葉がわからない意と、知らぬふりをする意を重ねる。
うるまのしま:異国の島の名。新羅の鬱陵島をさすとされる
ことのは:言葉。ここでは贈った歌
かへりごと:返事、返歌
- 作者
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藤原公任
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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思ふこと岩間に蒔きし松の種 千代と契らむ今はねさせよ
- 次の歌
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人知れず物思ふころの袖見れば 雨も涙もわかれざりけり