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潮垂るる伊勢をの海人や我ならん
さらばみるめを刈るよしもがな

歌の意味
潮に濡れてしずくを垂らす伊勢の海人とは、涙に濡れる私のことなのだろうか。そうであるならば、海松布を刈るように、あの人に逢う機会を得る手立てがあればよいのに。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 719

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 潮に濡れてしずくを垂らす伊勢の海人とは私のことだろうか、それならば海松布を刈る手立てがほしい、と詠む。涙に濡れる自分を潮に濡れる海人になぞらえ、海人であるなら海松布を刈るように、恋人に逢う機会を得たいと願う、機知に富んだ歌である。
 作者の「権大納言実国」は内大臣藤原公教の子である。権大納言に至り、笛の名手としても知られた。
 本巻の第七百五十五首は本歌と同じ初句「潮垂るる」で始まり、同じく海人に寄せて涙に濡れる袖を詠む。第七百十三首の「海人」とも響き合い、次歌の第七百二十首の初句「よしさらば」は、本歌の四句「さらば」と同じ語を用いる。

 初句「潮垂るる」は、潮に濡れてしずくを垂らす、の意で、涙に濡れることのたとえとなる。本巻の第七百五十五首も同じ初句で始まる。
 二句「伊勢をの海人や」の「伊勢をの海人」は伊勢の海で働く海人で、「や」は疑問の係助詞として三句の「ならん」と係り結びをなす。
 三句「我ならん」の「ん」は推量の助動詞「む」の連体形で、二句の「や」の結びである。私なのだろうか、の意で、ここで句切れとなる。
 四句「さらばみるめを」の「さらば」は、それならば、の意である。「みるめ」は海藻の海松布に、恋人に逢う機会の意の「見る目」を掛ける。
 結句「刈るよしもがな」の「よし」は手立て、「もがな」は願望の終助詞で、刈る手立てがあればよいのに、の意である。

しほたる:潮に濡れてしずくが垂れる。涙に濡れることのたとえ
みるめ:海藻の海松布に、恋人に逢う機会の意の見る目を掛ける
作者
藤原実国
出典
千載和歌集
前の歌
朝まだき露をさながらささめ刈る 賤が袖だにかくは濡れじを
次の歌
よしさらば逢ふと見つるに慰まん 覚むる現も夢ならぬかは