恋ひわびぬ茅渟の益荒男ならなくに
生田の川に身をや投げまし
- 歌の意味
-
恋に思い悩み疲れてしまった。茅渟の益荒男ではないけれども、生田の川に身を投げてしまおうか。
- 鑑賞
-
巻第十二 恋歌二 733
詞書は前の歌に続き「題しらず」
恋に思い疲れてしまった、茅渟の益荒男ではないが、生田の川に身を投げようか、と詠む。摂津国の生田川をめぐる伝説では、二人の男に求婚された娘が生田川に身を投げ、茅渟の男たちもそのあとを追ったという。その伝説を踏まえ、伝説の男ではない自分も、恋の苦しさのあまり川に身を投げてしまおうかと嘆いている。
作者の「藤原道経」は平安時代後期の官人、歌人である。経歴の詳細は多く伝わらない。
生田川の伝説は「大和物語」や「万葉集」の菟原処女の歌に見える。本巻の第七百十五首も、涙の川に身を投げようと詠み、身を投げることを詠む点で対応する。
初句「恋ひわびぬ」の「わぶ」は思い悩む、「ぬ」は完了の助動詞で、恋に思い疲れてしまった、の意である。ここで句切れとなる。
二句「茅渟の益荒男」は、生田川の伝説で娘に求婚し、そのあとを追って身を投げた和泉国茅渟の男をいう。
三句「ならなくに」の「なくに」は、ではないのに、の意である。
四句「生田の川に」の「生田の川」は摂津国の歌枕で、伝説の娘が身を投げた川である。
結句「身をや投げまし」の「や」は疑問の係助詞で、「まし」と係り結びをなす。「まし」はためらいを含む意志で、身を投げようか、の意である。本巻の第七百十五首の三句「身を投げん」と同じく、川に身を投げることを詠む。
こひわぶ:恋に思い悩む
ちぬのますらを:生田川の伝説で、娘のあとを追って身を投げた茅渟の男
いくたのかは:摂津国の歌枕。伝説の娘が身を投げた川
- 作者
-
藤原道経
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
一方になびく藻塩の煙かな つれなき人のかからましかば
- 次の歌
-
命をば逢ふに代へんと思ひしを 恋ひ死ぬとだに知らせてしかな