君やそれありしつらさは誰なれば
恨みけるさへ今は悔しき
- 歌の意味
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あなたが、あのつれなかった人なのだろうか。これまでのつれなさは誰のものだったというので、恨んでいたことまでもが、今は悔やまれる。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 809
詞書は前の歌に続き「初逢恋の心を詠める」
前歌と同じく「初逢恋」の題で詠んだ歌である。あなたがあの人なのか、これまでのつらさは誰のものだったのか、恨んでいたことまでも今は悔しい、と詠む。初めて逢ってみると相手はあまりに優しく、あれほどつれなかった人と同じ人とは思えない、それなら恨んできたことまでが悔やまれるという、初めて逢えた喜びに満ちた戸惑いを表している。
作者の「藤原隆信朝臣」は寂超法師の子である。母は美福門院加賀で、藤原定家の異父兄にあたる。似絵と呼ばれる肖像画の名手として知られた。
前歌は初めて逢う喜びの陰に長い恋の苦しさを見たが、本歌は逢えた喜びから過去のつらさを悔やむ歌で、同じ題を、過去の涙と過去の恨みという別々の面から詠んだ二首が並んでいる。
初句「君やそれ」の「や」は疑問の係助詞で、あなたがあの人なのか、の意である。ここで句切れとなる。
二句「ありしつらさは」の「ありし」は、以前の、これまでの、の意で、これまでのつれなさは、の意である。
三句「誰なれば」は、誰のものだったというので、の意で、目の前の優しい相手と、以前のつれない相手とが同じ人とは思えない戸惑いを示す。
四句「恨みけるさへ」の「さへ」は添加の副助詞で、恨んでいたことまでもが、の意である。
結句「今は悔しき」は、今は悔やまれる、の意である。連体形で言いさして余情を残す。
つらさ:相手の薄情、つれなさ
- 作者
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藤原隆信
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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恋ひ恋ひて逢ふ嬉しさを包むべき 袖は涙に朽ち果てにけり
- 次の歌
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姿こそ寝覚めの床に見えずとも 契りしことの現なりせば