姿こそ寝覚めの床に見えずとも
契りしことの現なりせば
- 歌の意味
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目覚めた床に、あの人の姿こそ見えないとしても、夢の中で約束したことが現実であったならよいのに。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 810
詞書「夢中契恋といへる心を詠める」
「夢中契恋」、すなわち夢の中で契りを交わす恋という題で詠んだ歌である。目覚めた床に姿こそ見えなくとも、夢で約束したことが現実であったなら、と詠む。夢から覚めれば恋しい人の姿は消えてしまうが、それはかまわない、せめて夢の中で交わした約束だけでも本当であってほしいという、はかない願いを表している。
作者の「参議俊憲」は藤原通憲の子である。通憲は出家して信西と号した。参議に至ったが、平治の乱で父信西が討たれた後に配流された。
本巻の第八百三十五首も同じ「夢中契恋」の題で詠まれ、夢の契りが現実となることを願う点で本歌と対応する。
初句「姿こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、二句以下の「見えずとも」と続き、姿こそ見えないとしても、と逆接の余意を含む。
二句「寝覚めの床に」の「寝覚め」は眠りから覚めることで、夢から覚めた床に、の意である。
三句「見えずとも」の「とも」は逆接仮定の接続助詞で、見えないとしても、の意である。
四句「契りしことの」は、夢の中で約束したことが、の意で、題の「夢中契」を示す。本巻の第八百三十五首の四句「今日と頼めし」と同じく、夢の約束を詠む。
結句「現なりせば」の「せ」は過去の助動詞「き」の未然形、「ば」は仮定で、現実であったならば、の意である。下に「よからまし」などが省かれた反実仮想で、余情を残す。
ねざめ:眠りから覚めること
うつつ:現実
- 作者
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藤原俊憲
- 出典
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千載和歌集
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君やそれありしつらさは誰なれば 恨みけるさへ今は悔しき
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東屋の浅木の柱我ながら いつふしなれて恋しかるらん