東屋の浅木の柱我ながら
いつふしなれて恋しかるらん
- 歌の意味
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東屋の浅木の柱の節ではないが、我ながら、いつのまに共に臥すことに慣れて、こんなにも恋しいのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 811
詞書「中納言国信忍びてもの申して後、遣はしける」
中納言源国信が忍んで訪れ、契りを結んだ後に贈った歌である。東屋の浅木の柱の節ではないが、我ながらいつ臥し慣れてこれほど恋しいのだろう、と詠む。粗末な東屋の柱の「節」から共寝の「臥し」へと転じ、まだ浅い仲のはずなのに、いつのまにか共寝に慣れ親しんで、自分でも驚くほど恋しくなっているという心の動きを表している。
作者の「前斎院新肥前」は斎院に仕えた女房である。経歴の詳細は多く伝わらない。詞書の「中納言国信」は右大臣源顕房の子の源国信で、権中納言に至り、堀河百首の作者の一人である。
初句「東屋の」の「東屋」は、四方の軒を葺きおろした簡素な家である。
二句「浅木の柱」は、東屋の粗末な木の柱で、柱の「節」から四句の「ふし」を導く。初句と二句が序詞のはたらきをもつ。「浅」の字に、まだ浅い仲であることを響かせる。
三句「我ながら」は、自分のことながら、の意で、自分でも驚くほどの恋しさを示す。
四句「いつふしなれて」の「ふし」は、柱の「節」と、共に「臥し」の意とを掛ける。いつのまに共寝に慣れ親しんで、の意である。
結句「恋しかるらん」の「らん」は原因推量の助動詞で、こんなにも恋しいのだろうか、の意である。
あづまや:四方の軒を葺きおろした簡素な家
ふし:柱の「節」に、共寝の意の「臥し」を掛ける
ものまうす:言葉を交わす。男女が親しく語らう
- 作者
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新肥前
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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姿こそ寝覚めの床に見えずとも 契りしことの現なりせば
- 次の歌
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包めども枕は恋を知りぬらん 涙かからぬ夜はしなければ