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忍びかね今は我とや名のらまし
思ひ捨つべき気色ならねば

歌の意味
忍びきれずに、今はもう、それは私だと名乗ってしまおうか。あの人が思い捨ててしまいそうな様子ではないので。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 825

詞書「称他人恋といへる心を詠み侍りける」
 「称他人恋」、すなわち他人のことだと称して恋を打ち明ける恋という題で詠んだ歌である。忍びきれずに、今はそれは私だと名乗ろうか、思い捨てそうな様子ではないので、と詠む。ある人があなたを恋していると他人事のように伝えてきたが、相手もまんざらではない様子なので、もう本当は自分のことだと名乗り出てしまおうかと迷う心を表している。
 作者の「内大臣」は藤原良通である。摂政九条兼実の長男で、内大臣に至ったが、若くして世を去った。
 次歌の第八百二十六首は同じ「称他人恋」の題で、作者の弟の藤原良経が詠んだ歌である。本歌が名乗ろうかと迷うのに対し、次歌は名まで隠す必要はないと言い切り、同じ題を迷いと決意の両面から詠んだ二首が並んでいる。

 初句「忍びかね」の「かぬ」は〜しきれない意で、恋心を隠しきれずに、の意である。
 二句「今は我とや」の「や」は疑問の係助詞で、三句の「まし」と係り結びをなす。今はもう、それは私だと、の意で、題の「称他人」を受ける。
 三句「名のらまし」の「まし」はためらいの意志を表す助動詞の連体形で、「や」の結びとなる。名乗ってしまおうか、の意である。ここで句切れとなり、下の句と倒置の関係にある。
 四句「思ひ捨つべき」の「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形で、思い捨ててしまいそうな、の意である。
 結句「気色ならねば」の「気色」は様子、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、「ば」は順接の確定条件で、様子ではないので、の意である。

なのる:自分の名を告げる
けしき:様子、そぶり
作者
藤原良通
出典
千載和歌集
前の歌
涙をも忍ぶる頃の我が袖に あやなく月の宿りぬるかな
次の歌
知られても厭はれぬべき身ならずは 名をさへ人に包むべしやは