知られても厭はれぬべき身ならずは
名をさへ人に包むべしやは
- 歌の意味
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知られたとしても嫌われてしまいそうな身でないのなら、名前までもあの人に隠しておくべきだろうか、いや隠すべきではない。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 826
詞書は前の歌に続き「称他人恋といへる心を詠み侍りける」
前歌と同じく「称他人恋」の題で詠んだ歌である。知られても嫌われそうな身でないなら、名前まで人に隠すべきだろうか、と詠む。他人のことに託して恋を打ち明けてきたが、もし嫌われる身でないのなら、恋だけでなく名前までも隠す必要はないと、名乗り出る決意を反語で表している。
作者の「左近中将良経」は藤原良経である。摂政藤原兼実の子で、本集の撰集当時は左近中将であった。のちに摂政太政大臣に至り、新古今和歌集の仮名序を書いた。小倉百人一首にも歌が採られている。
前歌は兄の藤原良通が同じ題で詠んだ歌で、名乗ろうかと迷う前歌に対し、本歌は名を隠すべきではないと言い切って、迷いと決意とが対をなしている。
初句「知られても」は、自分だと知られたとしても、の意である。
二句「厭はれぬべき」の「ぬ」は完了の助動詞、「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形で、嫌われてしまいそうな、の意である。
三句「身ならずは」の「ずは」は、もし〜でないならば、と仮定を表す。
四句「名をさへ人に」の「さへ」は添加の副助詞で、恋だけでなく名前までも、の意である。前歌の二句「今は我とや」と同じく名乗ることを詠む。
結句「包むべしやは」の「包む」は隠す意、「やは」は反語の終助詞で、隠すべきだろうか、いやそうではない、の意である。
いとふ:嫌う
つつむ:隠す
- 作者
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藤原良経
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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忍びかね今は我とや名のらまし 思ひ捨つべき気色ならねば
- 次の歌
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いづくより吹きくる風の散らしけん 誰もしのぶの森の言の葉