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忘るるは憂き世の常と思ふにも
身をやる方のなきぞわびぬる

歌の意味
人に忘れられるのはこのつらい世の常だと思うにつけても、わが身の思いを晴らすすべのないことが、つらく嘆かれる。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 908

詞書「題しらず」
 忘れられるのはつらい世の常だと思うにつけても、心を晴らすすべのないことが嘆かれる、と詠む。恋人に忘れ去られるのは世の中によくあることだと理屈では割り切ろうとしても、それでも心を慰める方法がないと、頭ではわかっていても収まらない心の苦しみを詠んでいる。
 作者の「紫式部」は越後守藤原為時の娘である。藤原宣孝の妻となって賢子を生み、夫の没後、一条天皇の中宮上東門院彰子に仕えた。「源氏物語」「紫式部日記」の作者として知られ、小倉百人一首にも歌が採られている。
 本歌の「忘るるは」に続いて、次歌の第九百九首は「君忘れずは我も忘れじ」と詠み、忘れられる嘆きの次に忘れまいという誓いが置かれている。

 初句「忘るるは」は、人に忘れられることは、の意である。次歌の第九百九首の四句、結句「君忘れずは我も忘れじ」と「忘る」の語で応じ、本巻の第九百三十三首の二句「忘るる人は」とも共通する。
 二句「憂き世の常と」の「憂き世」はつらいことの多い世の中、「常」はありふれたこと、世の習いの意である。
 三句「思ふにも」の「にも」は、思うにつけても、の意で、理屈では納得しようとする心を示す。
 四句「身をやる方の」の「身をやる」は心を晴らす、気を紛らす意で、「方」は手段、方法の意である。
 結句「なきぞわびぬる」の「ぞ」は強意の係助詞で、「ぬる」の連体形で結ぶ。「わぶ」は思い悩む、つらく思う意で、晴らすすべのないことがつらく嘆かれる、の意である。

うきよ:つらいことの多い世の中
みをやる:心を晴らす、気を紛らす
わぶ:思い悩む、つらく思う
作者
紫式部
出典
千載和歌集
前の歌
有明の月見ずひまに起きていにし 人の名残を眺めしものを
次の歌
ちはやぶる賀茂の社の神も聞け 君忘れずは我も忘れじ