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いかにせんさらでうき世は慰まず
頼みし月も涙落ちけり

歌の意味
どうしたらよいのだろう。月を見ること以外では、このつらい世は慰められないのに、頼みにしていた月を見ても涙がこぼれてしまった。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1004

詞書「殷富門院にて人々百首歌詠み侍りける時、月の歌とて詠める」
 殷富門院のもとで人々が百首歌を詠んだ時、月の歌として詠んだ歌である。どうしたらよいのか、月でなくてはつらい世は慰められないのに、頼みにしていた月にも涙が落ちた、と詠む。唯一の慰めと頼んでいた月を見てさえ涙がこぼれてしまい、もはや慰めるすべのない憂き世の嘆きの深さを表している。
 作者の「藤原定家」は藤原俊成の子である。のちに『新古今和歌集』『新勅撰和歌集』の撰者となり、小倉百人一首を撰んだとされる。新古今時代を代表する歌人である。
 本巻の第九百九十四首と結句「涙落ちけり」を共有する。第九百九十四首がわけもなく落ちる涙を詠むのに対し、本歌は慰めと頼んだ月にさえ落ちる涙を詠んでいる。また次歌の第千五首は藤原家隆の歌で、新古今時代を代表する二人の歌が並ぶ。

 初句「いかにせん」は、どうしたらよいだろう、の意で、途方に暮れる気持ちを表す。ここで句切れとなる。
 二句「さらでうき世は」の「さらで」は、そうでなくては、の意で、月を見ること以外では、を指す。
 三句「慰まず」は、慰められない、の意である。
 四句「頼みし月も」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、頼みにしていた月も、の意である。本巻の第千六首の「心ぞ慰まぬ」と、月に慰めを求める心で通う。
 結句「涙落ちけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、涙がこぼれてしまったことだ、の意である。本巻の第九百九十四首の結句と同じ句である。

うきよ:つらいことの多いこの世
さらで:そうでなくては
作者
藤原定家
出典
千載和歌集
前の歌
飽かで入らん名残をいとど思へとや 傾くままに澄める月かな
次の歌
山深き松の嵐を身にしめて 誰か寝覚めに月を見るらん